モアレた日記

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なんだこの自己満ブログ

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雨に降られた雑記

 

  カウンター越しから薄っぺらい笑顔を向けたり、職場からいきなり呼び出されたり、そうやって奴隷のように働くことが得意だ。もちろんそういう自分を惨めに思うし、理不尽に怒鳴られた日にはパニックでもう涙が止まらなくなる。でも、それを冷静に見つつ、涙の味を楽しんでる自分がいる。

  つまるところ、自分は生粋のドマゾである。

 

 こういう自分の性質に気付いたのは、確か高校生の頃だった。いろいろあったが、結局は自分で自分を追い詰めて死の淵に立った。その時病院でふと気が付いたのだ。「ああ、自分は自分のことが心底嫌いで、大好きなんだ」。

  と言っても、普段は自己嫌悪など全くしない。しかしながらこれが「自分嫌い」の何よりの証拠だと思う。自己嫌悪が出来るということは、理想を持っていて、そこに自分が近付けるという希望を1ミリでも持っているということの証拠なのだ。だから、自己嫌悪をしないということは、自己を高めず、無視をするということ。愛の対義語は無関心だという。すなわち、自己嫌悪をしないということは究極の自己嫌悪なのである。

   …と西尾維新風に理屈をこねくり回してみるが。まあ、自己嫌悪の件を一旦置いておくとしても、ドマゾじゃなければ乳首にピアスなんかあけないし、爪の皮などめくらないのだ。

  結論、自分は面倒くさいということだ。先ほど雨に降られて、ふと思ったので書いてみた。濡れ鼠になった時の惨めさと、もうどうにでもなれ、と決断した時の開放感は同時に存在する。そんなアンビバレントな感情を私は常に感じている。