十月は金秋十月、というらしい。中国にとっても、十月は快適な季節である。地域によっては十一月に入ると急激に寒くなるが、十月一日の国慶節前後は寒くもなく暑くもないいい気候が続く。だからまあ、ボーナスタイムみたいなもんなんだ、と彼は笑いながら説明してくれた。
一年程寝食を共にした彼が亡くなって一週間が経った。彼が遺したのはちょっとした豆知識と、この部屋にある荷物と、自分だけ。遺されたからには、この部屋を早く片付けなければならなかった。
「…なんだこれ。」
彼の使っていた机の横の本棚に、タブレットが立てかけられている。彼が使っているところは見たことないタイプのものだった。
「…パスワードがかかってる。」
本来であれば故人の趣味を暴くなどということは到底許されるべきことではない。だが、自分が初めて見るということは、これは彼のものでは無い可能性もある。誰かが貸していたのかもしれないし、誰かが忘れて行ったのかもしれない。ならば、そう。中身を確認して、するべきことをするまでだ。
と、正当化してみたものの、肝心のパスワードが分からない。とりあえず、彼の誕生日、自分の誕生日、それを足した数…など思いつく数字を入力していく。どうやら、入力回数に制限はかかってないようだ。彼の好きだったアーティストの記念日、そのアーティストのライブで彼と初めて出会った日、初めてデートした日、彼に告白された日。沢山の日々を思い出していく作業は、彼がいないという事実をよりいっそう色濃くしていった。この部屋の鍵を渡された日、二人で初めてご飯を作った日。そして、最後に「いってらっしゃい」と言った日…
ふと、鬱屈としたワンルームに金色の陽光が差した。もう夕方頃になってしまったようだ。パスワードのことは一旦諦めよう、と思った時「10月1日」が思い浮かんだ。彼の一番好きなボーナスタイム、の日だ。
*
十月一日の国慶節前後は寒くもなく暑くもないいい気候が続く。空の上も、寒くも無く暑くもない、いい気候だと良い。終わらないボーナスタイムの中で、ただ静かに過ごす。今の彼に、そんな日常があれば良い。
僕は、タブレットをそっと本棚に戻した。