モアレた日記

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なんだこの自己満ブログ

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究極の選択

「親友か恋人、どちらを選ぶのか」

ナレーターの声が館内に響いた。ありきたりな邦画の宣伝だ。深見と沢野は椅子に腰掛け、映画の始まりを待っていた。沢野は深い色の瞳をピクリとも動かさず、視線をスクリーンの前の空間に投げ出している。映画研究会。二人の所属するサークルの名称である。三年が三人、二年が二人、一年が二人の小規模な研究会だが、部員の熱はほぼ「シック」と言っていい程だ。先輩五人の熱に浮かされるように、深見と沢野は某映画監督の最高傑作と呼ばれる作品を見るため、近場の箱に足を運んだのであった。

沢野の趣味は、正直合わない。だが、彼の作品に対する姿勢や解釈はどこか合うものがあった。沢野が笑えば深見も笑い、沢野が涙を見せれば深見も声を殺して泣く。だからか、二人で映画を観ることも、帰路で意見を交わすことも、いつの間にか当たり前のことになっていた。

この日、沢野は全くの無口であった。普段も、口数の多い方ではない。だが、先輩からこの作品の諸評を聞かされた時は深見と共に興奮し期待に目を輝かせていたので、この落ち着きは奇妙である。

「沢野」

館内はまだ明るく、騒がしい下劣なコマーシャルが流れている。常ならば、他愛もない会話を上映寸前まで続けている所だ。沢野の視線は相変わらずスクリーン前に投げ出されている。…眠いのかもしれない。深見は勝手にそう結論づけて、スクリーンに身体を戻した。

「…考えてたんだ」

上映後、沢野が初めて言葉を発した。

「何を?」

「最近、映画を楽しめなくなったんだ。なんでかなって。」

意外だった。三度の飯も忘れ…三度の飯を食いながら、湯に浸かりながら、半分寝ながら映画を観る沢野が、映画を楽しめなくなったと言う。

「お前がいるとさ、感情を吸い取られちゃうんだよ。映画に向けてた熱が、まるで冷水をくぐったみたいに無くなる。」

「…それってどういう意味だよ」

「…深見はさ、親友と恋人、どっちでいて欲しい?」

『親友か恋人、どちらを選ぶのか』

ナレーターの声が深見の脳内に響いた。