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お元気ですか。今、私の居るところでは、今日から秋が始まるそうです。思えば頬を撫でる風が鋭く、冷たくなったように感じます。でもこんな日は夏の間にも数日あったような気がします。
本旨が逸れました。この前、ちょうど秋の境と呼べる日に、ちゃんと埋めてきました。熟れたマンゴーみたいに真っ赤な夕陽が目に沁みて、少し涙に濡れました。海の表面が撫ぜるようにキラキラと照らされるその様は、私の想像する秋の色そのものです。思えば、海に行こうなんて言うのはいつも決まってきみのほうだった。きっときみは、私が思う「秋の境」を「夏の境」だと思っていたのでしょうね。
あの人は何も言いませんでした。私のやる事なすこといつも口うるさく言うのに、きみがいなくなってから、ずっと静かになったのです。だから滞りはありませんでした。あの人はきみのことをずいぶん好いていたようです。
君が静かに眠れることを祈っています。
*
今度、15年前に埋めたタイムカプセルの開封式をやるらしい。この前、町内会のチラシで知ったことだ。15年前というと、自分が高校3年の頃の話になる。あの頃の自分に特に良い思い出は無い。もちろん、悪い思い出も無い。何を書いたのかさっぱり忘れてしまった。でもどうしてだろうか。ふと牀榻に着いた時、覚えていない、頑是ない自分について、すこし覗き見してみたくなったのだ。俺は早速今も地元に勤めているという噂の友人Tに連絡を取り、一緒に参加することにした。Tは、当時一番仲の良かった友人である。しかし、卒業後、長らく連絡をとっていなかった。Tとも15年ぶりの再会になる。
開封式はこぢんまりとした雰囲気の中執り行われた。校門から入り、桜並木を抜けた先の噴水スペースで、受付が行われていた。式と言っても決まったスケジュールがあるわけではなく、受付を行い、タイムカプセルを受け取るという方式のようだ。
「何を書いたのか覚えてないの?」
受付の列に並んでいた時、Tに尋ねられた。そうだ、と短く答えると、人の道を悖る者だと言わんばかりの蔑視の目を向けられた。
…そんなに変なことなのだろうか。
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15年前の自分から届いた手紙はたいそうつまらない物だった。15年後、自分はなにをしていますか。ちゃんと仕事についていますか。恋人はいますか。仕事をしている、ついている、いない。15年前の自分は、こんなにも純朴だったかと思うと、平凡さも少し愛おしく感じた。Tの手紙も同じようなものだろうか。疑問に思い、彼の背後から少しばかり手紙を覗き見る。たが、驚いた。彼の手紙には、何一つも書かれてはいなかったのである。
「お前の、何だよそれ。真っ白じゃん。」
高校3年にもなって未来へ手紙など、馬鹿らしくてそのまま提出したのか。だが、Tは馬鹿がつくほど真面目で、そんなことするようには思えなかった。
「本当に覚えてないんだ。」
その上そんなことを言われると、正直、不気味だ。ふと見るとTの手には、もう一枚手紙があった。おれはその字体を見た瞬間、
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おれにはもう1人、一番仲の良かった友人がいた。名をSという。彼はよく言えばおとなしく、小柄だった。帰り道、よくTと合わせて3人で、寄り道なんかしていた。俺たちには、共通の趣味も話題もあまり無かった。ただ、そこにあったのは柔らかな心地のいい空気と肌を刺すような寒さの海辺だった。そのアンヴィヴァレントなバランスが、なんだか好きだったのだ。だが、Sは高校3年の途中で自死している。あまりにも唐突で、受け入れられず、悲しみの余り彼のことを忘れてしまいたいとさえ思った。
だから忘れてしまった、なんて言うのは都合の良い言い訳にしかならないだろうか。薄暗くなった雑木林の地面に仰向けになり、薄れゆく意識の下でぼんやりと考えた。生暖かい液体がこめかみを流れる。Tは、このままここでおれを殺すのだろうか。Tにとっておれとは何だったのか。TにとってSとは何だったのか。Sにとっておれとは何だったのか。思考が回る。ぐるぐる考えて、やっぱり2人とも1番の友人だ、と結論づけ、意識を手放した。
*
180
お元気ですか。この出さない手紙も、ついに180通目となりました。今日は特別な日なので、書かないわけにはいきません。今日、私は君を迎えに行くことに決めたのです。君の眠りを邪魔すること、どうかお許しください。
君が自死を決めたあの日、骨の一部をカプセルに詰めたこと、後悔はしていません。「永遠に子供でいたい」と言う、君がして欲しいことをしたのですから。断れるはずがありませんでした。
一つ、報告をしなければなりません。なんとあろうことか、あの人は君のことを忘れていたのです。非道いことです。私は君が可哀想でなりません。君が一番に想った人に、忘れられている。そんな悲しいことがあって良いものでしょうか。
だからせめて、恋に敗れたものの唯一の手向(たむけ)として、君の隣に彼を埋めたいと思います。
君の願いは叶いました。私はいつのまにか大人になっていて、記憶の中のきみはいつまでも子どものままなのですから。