モアレた日記

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なんだこの自己満ブログ

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リメイク『提出期限・8月31日』

 

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「将来家を出たら、一家に一台君が欲しいな。」

なにそれって思った。けど、必要不可欠、な感じがしてすごく嬉しかった。それがこのあいまいでどろどろとした気持ちの始まりだったと思う。私は面白そうだねって答えたけど、この夏のずっと先の幸せな未来が一瞬見えて、ふと消えたように感じた。駅のホームから漏れ出た光が私の頰を濡らしている。

 

私と彼女は、同じ美術部に所属していた。十月にある大きな展示会のために、夏休みの間は日が暮れるまで絵を描いていた。さらに私達は鍵当番を任されていたので、最後には2人きり、ということも多かった。

他の部員がいなくなり、すっかり暗くなった教室で、筆を握る彼女の典雅な挙止を私はぼんやり眺めていた。窓から入った街灯のオレンジ色が、彼女の鼻に紅をさしている。まるで絵みたいだ、と思った。けど前に、「絵の中にいる人間は絵なんて描かないでしょ」と言われたので、黙っていた。

「そろそろ帰ろっか」

「うん」

瞳の中の「彼女とあのオレンジ色の光の絵」は、私の筆を鈍らせた。他のものを美しいとは思えなくなった。だが、あの「瞬間」を絵にすることは、私の中にあるあいまいでどろどろとした感情を公にすることと同義のように感じた。結局、私の作品は、全く別の、どこか田舎のつまらない風景画に変わってしまった。

 

鍵を閉め、帰路につく。駅まで二十分くらいの道のりで、私達は他愛もない会話をする。たまに、真面目な話をして泣くこともある。だが、私はその両方に、他愛どころか、どろどろとした邪な感情を持っている。あなたのことを「自分だけが知っている」でまるごと塗り替えて、優越をじっくり味わいたいとか。手だけではなくて心まで繋がってしまいたいとか。そんなのは、現実には無理なんだろうけど。当たり前だけど、彼女は知らない。知られてはいけない。

 

駅前の眩しい光が見える。もうすぐこの時間も終わる。

「じゃあまた明日ね。」

「うん!じゃあね!」

取り繕って、小学生みたいに無邪気な挨拶をした。夏の間永遠に続くような、ぬるま湯の時間をずっと過ごしていたい。

「間に合うかな」

私は作品と、この気持ちの期日を考えて、一人呟いた。